【深夜特急】徹底検証!【香港で著者が訪れた場所などを考察】③

“満腹太郎”

僕が旅行に興味をもつ要因になった『深夜特急』シリーズについて、考察をしていきたいと思います!

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【深夜特急】徹底検証!【香港で著者が訪れた場所などを考察】① 【深夜特急】徹底検証!【香港で著者が訪れた場所などを考察】②

 

 

勒馬州の国境展望台

十五分も走ったろうか。〜そこが香港から中国本土を眺めるのに最適の場所とされている勒馬州の国境展望台だった。丘を登り、ただの丘の頂上というにすぎない展望台から北の方角を望むと、眼下にゆったりと河が流れ、その向こうに中国大陸の広大な水田地帯がひろがっていた。
『深夜特急1』より

著者が香港で出会った張くんと一緒に国境を見に出かけますが、その中で中国本土を眺めるために最適な展望台として紹介されています。

国境へは、九龍から上水まで汽車に乗る。鉄道は中国の広州へと続いているが、上水より先は許可証がなければ行かれない〜汽車は三等級に分かれていて、一ドル十セントの三等に乗ると、ようやく坐れるような混みようだった。〜約一時間ほどで上水に着く
『深夜特急1』より

九龍から上水までの鉄道ですが、東鉄線のことを指していると考えられます。
この路線は香港で一番歴史のある路線でもあり、1898年に、当時香港を統治していたイギリスと清国政府の間で鉄道敷設権が取得され、1911年に九龍〜広州間が全通します。

現在の九龍駅と異なっていて、以前は尖沙咀のフェリー乗り場横に駅があり、現在でも鉄道駅のあった名残として駅舎の時計塔が残っています。

著者もフェリー乗り場横にあった駅から鉄道に乗ったと推測されます。

現在だと大体40分ほどの所要時間で上水駅に到着します。

 

 

 

現在の価格は表の通りで、『深夜鉄道』の時代は三等席制でしたが、現在はスタンダードとファーストの二等席制です。

 

 

 

上水から展望台(Lok Ma Chau Lookout)までは車で20分ほどで到着をします。
『深夜特急』の中では、駅から展望台まで歩くと約二時間という文章がありましたが、それは現在でも変わらないようです。

参考 落馬州展望台より中国特別区SHENZENを望むYoshi's Home Page

 

上記のページを見ていただくと、著者が当時見たであろう、まだ開発されていない深センと経済特区に指定された後の様子を比較することができます。
1980年代に入り、地理的重要性を鑑みた中国政府は深センを経済特区に指定し、その後は急速的に近代都市化する深センですが、現代でもその進化は止まらず、中国一のIT先進都市でもあります。
ファーウェイなどの代表的な中国企業も軒並み本社を構えていることでも有名です。

少し前にNHKの特集で報道されていましたが、中国国内では仕事を求めて地方から深センに移動してくる若年層がたくさんいるんですが、職場環境が良くないこともあってすぐに辞めてしまい、日雇いの仕事で生活を続ける子が多いとのことです。
また、簡易宿泊所とネットカフェ(ゲームを集中してできる場所)に閉じこもり、お金がなくなったら日雇いで稼いで、また戻ってくる希望を持つことを辞めてしまった若い子がたくさんいると報道されていました。

地方出身と都市部出身の格差であったり経済的な格差の拡大は、中国だけでなく日本でもあてはまります。
色々考えさせられますね。

 

九龍の大和(日本食)

展望台で知り合った、日本の若者と現地の女性たちのグループと一緒にご飯を食べることになった著者は、何を食べたいかを聞くと「日本料理」と回答があり、九龍の大和という日本料理屋に入ります。

この大和というお店を調べてみると、個人ブログの記事にこんな文章を見つけました。

ブルースは、ローマロケが終わって香港へ帰っても日本料理が忘れられず、撮影が終わる度にニコニコと「サイブン(西本)さん、ヤマトレストラン! スキヤキ!」と叫んだ。大和レストランは香港島にある有名店で、九龍のハイアットホテル裏にも支店を出していた。現在も「大阪レストラン」という名で営業しているそうだ。
小龍神殿 より

なんと『深夜特急』と同じような時期に、ブルースリーもこのお店ですき焼きを頂いていたことが分かります。

現在も「大阪日本料理」という店名で営業が続いているそうです。

オーナーは変わっているものの、現在でも本格的な日本料理を提供しているお店で口コミも悪くありませんでした。

 

陸羽茶室

彼が案内してくれたのは、陸羽茶室という広東料理の老舗だった。しかし、その名店は、調度こそ重厚だったが、サービスには妙に格式ばったところがなく〜値段もすぐに計算できるので懐の心配をしなくてすむ。
『深夜特急1』より

『深夜特急』で描かれている1970年代の時にすでに老舗ということですが、調べてみると創業はなんと1933年でした。
日本で考えると昭和8年ということになります。

現在でも営業を続けていて、香港最古の茶室とも言われているそうです。

 

現在でも歴史の感じるザラ紙のオーダーシートは健在で、それに書き込んで注文をします。
著者も書いている通り、室内の雰囲気は重厚で立派ですが、そこまで格式ばったお客さんは全くいませんので、通常の格好で旅行の際に気軽に伺える雰囲気です。

少し前までは朝食の時間帯に売り子さんがいらっしゃったんですが、最近は売り子さんもいなくなり、全時間オーダーシートによる注文になったそうです。
それでも朝食の時間帯は観光者が少ない傾向にあるので、ゆったりと過ごしたい場合は早めの時間帯を狙うといいかもしれません。

 

“満腹太郎”

次回は著者が歩き回る露店街について考察をしていきます!

 

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